子どもが生まれたばかりの頃、ぼくは少し焦っていました。
「小さいうちから、できるだけたくさんのことを教えなければ」
そんな気持ちが強かったのです。
育児本を読んでは、「これは教えたほうがいいらしい」「これも早めに伝えたほうがいいのかもしれない」と考えていました。
特に、間違ったことを覚えてしまうと後から修正するのが大変そうだと思っていました。
だから、親が先回りして教えることが大切なのだと思っていたのです。
ところが最近、その考え方が少し変わってきました。
きっかけは、うおたとの散歩中の出来事でした。
散歩中にうおたに注意された
先日、うおたと散歩をしていたときのことです。
景色を見ながら他愛のない話をしていると、うおたがふとぼくを見て言いました。
「ポケットに手を入れちゃだめだよ」
真面目な口調でした。
でも少しだけ得意げでもあります。
理由を聞くと、
「転んだとき危ないし、お行儀も悪いから」
とのこと。
どうやら保育園で教わったようです。
うおたが単に言われたことを覚えているだけではなく、その理由まで含めて理解していたのに、
ぼくは少し驚くとともに、感心してしまいました。
いつの間にそんなことを覚えたの?
振り返ってみると、うおたは保育園でいろいろなことを覚えてきます。
横断歩道を渡るときは手を上げること。
手洗いを丁寧にすること。
しょうぶ湯のような季節の行事のこと。
あるときは車を運転しているぼくに向かって、「ハンドルは両手で持って!」と注意してきたこともありました。
周囲の大人の話をよく聞いているのでしょう。
家では教えていないこともたくさん知っていますし、ぼく自身が気づいていなかったことを教えてくれることもあります。
子どもは親から教わるだけではなく、日々の生活の中でさまざまなことを吸収しているのだと感じています。
子どもは親だけでは育たない
育児を始めた頃のぼくは、親が頑張って教えなければならないと思っていました。
できるだけ早く。
できるだけたくさん。
できるだけ正しく。
そう考えていました。
でも実際に子育てをしてみると、親だけで伝えられることには限界があります。
そもそも、親自身が知らないこともあります。
うおたの姿を見ていると、保育園での生活や周囲の人との関わりの中で、自然と身についていくことがたくさんあるのだと感じます。
今回ぼくがありがたいと感じたのは、自分の手が回らない部分を補ってもらえたからではありません。
ぼく自身が教えそびれていたことや、気づいていなかったことを、日常の中で自然と伝えてもらえていることでした。
子育てを始めた頃は、親が教えなければと思っていました。
でも今は、親だけで育てているわけではないのだと感じます。
うおたは保育園での毎日や、そこで出会う先生たちとの関わりの中で、少しずつ社会の中で生きる力を身につけているのでしょう。
そして時々、その学びを親に返してくれる。
「ポケットに手を入れちゃだめだよ」と注意されたあの日は、そんなことを実感した一日でした。
親子で話すきっかけになりそうな本
今回の出来事を通して感じたのは、マナーや人との関わり方は、本を読んで覚えるというより、日々の生活の中で少しずつ身についていくものだということです。
その一方で、本は「こんなときどうする?」と親子で話すきっかけにはなります。
ぼく自身も、こうした本を読みながら子どもに教えるというより、子どもと一緒に考える材料として使うのがよさそうだなと思いました。
はじめてのマナーえほん
食事やお出かけ、交通ルールなど、子どもの日常に近い場面がたくさん紹介されています。
本を読んだからといってすぐ身につくわけではありません。
それでも、親子で会話する時間を作るきっかけとしては十分価値があると思います。
