発達検査というと、親としてはどうしても身構えてしまいますよね。
先日、長男のうおたが発達検査を受けました。小児科医として、そして二児のパパとして、結果をどう受け止めたのか。同じような経験のある方に、少しでも参考になればと思い、書いてみます。
発達検査の結果は「やっぱりそうだった」

結果は、知識面は5歳相当。一方で、運動面は2歳相当の発達とのことでした。
実はぼく自身は、結果を聞いてもそれほど驚きませんでした。日頃の様子を見ていて、ある程度予想していたからです。
うおたは以前から運動があまり得意ではありませんでした。片足立ちはまだ難しく、ジャンプも少しぎこちないのです。妻が見に行った幼稚園の保育参観では、みんながけんけんぱーをしている中で、うおたはなかなかうまくできなかったそうです。
一方で、本を読むことは大好きです。大人の話もよく理解していますし、自分なりの興味を持って物事を吸収しているように感じます。
だから結果を聞いたときも、「やっぱりそうだったか」という気持ちが最初にありました。妻も同じような受け止め方だったのです。
療育に通うことはすでに決まっていましたし、結果を受けて慌てて何かを変えるということもありませんでした。今のうおたの姿を、専門家の視点から確認できた。そんな感覚のほうが近かったように思います。
もちろん、運動面について心配がないわけではありません。ぼく自身が運動へのコンプレックスを経験しているので、うおたにも同じような気持ちを味わってほしくないという思いはあります。
それでも、無理に周りに合わせなくてもいいとも思っています。うおたには、うおたのペースがあるのです。
運動が苦手だった、ぼく自身の子ども時代
うおたの姿を見ていて思い出したのは、自分の小学生時代です。
ぼくも運動が苦手でした。小学1年生の50メートル走では、クラスで一番遅かった記憶があります。自分では一生懸命走っているつもりでした。それなのに結果はいつも一番遅い。なぜ遅いのかもよく分からなかったのです。
多少のコンプレックスはありましたが、不思議と強い劣等感はありませんでした。その理由の一つは、本が好きだったことかもしれません。
ぼくは学校の図書館によく通っていました。ある日、担任の先生が図書館の貸出カードを見て、ぼくがたくさん本を借りていることに気づいてくれました。当時どんな言葉をかけてもらったのかは覚えていません。でも振り返ると、その出来事は自分の中で小さくない意味を持っていたように思います。
ぼくは運動が得意な子ではなかったけれど、本が好きな子だった。そして、そのことは認めてもらっていいことなんだ。そんな感覚を少しずつ持てるようになったのかもしれません。
大人になってから母に聞いた話では、その先生は特別な配慮を必要とする子どもたちにも自然と目を向けられる先生だったそうです。だからこそ、運動が苦手だったぼくではなく、本が好きだったぼくに気づいてくれたのかもしれません。
うおたの「好き」を見つける日々

今、うおたも本が大好きです。お気に入りの本を何冊か持っていて、それを何度も何度も読み返しています。
じっと集中して読んでいることもありますし、気に入ったページを見つけると、
「ねえねえ」
と嬉しそうに本を抱えてやってきます。そして面白かったところを一生懸命教えてくれるのです。
面白いのは、毎回持ってくるページが少しずつ違うことです。以前は見向きもしなかったページに興味を持ったり、別の登場人物に注目したりする。その変化を見ていると、「面白いな」と思いますし、「これも成長なんだろうな」とも思います。
発達検査の結果よりも大切にしたいこと
今回は、長男の発達検査の結果と、そこから考えたことについて書きました。
- 知識面は5歳相当、運動面は2歳相当という結果だった
- 日頃の様子から予想していたので、大きく動揺はしなかった
- 療育には変わらず通い、結果を受けて慌てて変えたことはない
- 運動が苦手だった自分の子ども時代を思い出した
- 図書館の貸出カードで先生に「好き」を気づいてもらった経験がある
発達検査の結果は大切です。療育も必要な支援です。でも、それ以上に大切にしたいことがあります。
それは、この子が何を好きなのかに気づくこと。そして、その好きなことを誰かが認めてくれることです。
子どもの頃のぼくにとって、それは担任の先生でした。図書館の貸出カードに残った名前から、先生はぼくの「好き」に気づいてくれました。
だから今度は、ぼくがうおたの「好き」に気づいていたい。そんなことを、発達検査の結果を見ながら考えました。