曇り空、屋外で遊べる天気でもない日に、家族でいちご狩りに出かけました。
ビニールハウスの中は明るく、家族連れでにぎやかでした。
もちろん、いちごは自分で摘み取るスタイル。
甘いいちごの匂いが広がる中、うおたはさっそく実を引っ張ります。
最初は勢いよく、ぐいっと。
「正しいやり方」を素直に受け入れる
そこでぼくは一度、「違うよ」と声をかけました。
いちごの摘み方について、農家さんによってはデモンストレーションをしてくれるところもあります。
今日お邪魔したところは、イラストと文字での簡単な説明書があるだけでした。
掲示されていた説明書を指さしながら、「もう一回見てみようか」と促します。
うおたはムッとすることもなく、慌てることもなく、「あぁ、違うんだ」という表情で説明書を見直しました。
そして、書かれているとおりにいちごを摘むようになりました。
実はうおた、自分のやり方がうまくいかなかったり、間違いを指摘されたりすると諦めるクセが有りました。
1〜2年前だったら、「パパやって」となってしまっていた場面だったかもしれません。
それが今回は、素直に自分でやり方を修正していました。しかも、親にも過剰に依存しない。
この成長の裏側には、保育園や療育園での積み重ねもあるのかもしれません。
日常生活動作や人との関わり方、うまくいった後のポジティブフィードバック。
そうした土台が、今日の姿につながっているようにも思えました。
「うん」とだけ言った長男
うまくもげたとき、ぼくは軽く「上手じゃん」と声をかけました。
うおたは振り向かず、「うん」とだけ。
見てほしいわけでもなく、褒めてほしいわけでもない。ただ、できることをやっているだけ、という空気でした。
その様子を見て、毎回大きく褒めることはしませんでした。
以前読んだ本の中で、うまくいったことを何でも称賛すればいいわけではない、と聞いたことを思い出したからです。
いちごに夢中の長男、すぐに飽きた長女
うおたはひたすら大きないちごを探していました。
上手にもげたことよりも、「こんなに大きいの見つけた」と言いたげな顔で実を見せにきます。
一方、長女(むーちゃん)は早々に自分で摘むのを諦め、取ってもらうよう妻にねだります。
そして、いちごに飽きると持ち込んだポテチを食べ始めました。
しかも、辛い味のカラムーチョ。
甘いいちごを黙々と食べ続ける兄と、辛いポテチに移行する妹。
同じ空間で、同じ時間を過ごしているのに、姿勢も味の好みもまるで対照的です。
けれど二人とも、それぞれ自分の世界に集中していました。
いちご狩りで満腹感以上に得たもの
帰り際、うおたは「楽しかった」と言いました。それ以上の多くは語りません。
ぼくにとっては、満腹感以上に得たものがありました。
それは、「できなかったことができるようになったこと」そのものではなく、「自分で修正していく力」を静かに見せてもらえたからでした。