発達障害がある子は、予定変更が苦手な場合が多いというのはよく聞く話です。
長男(うおた)も3歳ごろまではそうでしたが、最近の様子を見ていると、急な予定変更にあまり動じなくなっている気がします。
大きなリアクションもなく、静かに受け止めているような、そんな印象です。
環境を整えるのが上手になったのか、本人の成長なのか。
父親としてそばで見てきた中で感じたことを、少し振り返ってみたいと思います。
見通しを立てる「練習」
うおたは、もともと予定変更が極端に苦手だったわけではありません。
小さい頃から、変更があっても大きく崩れることは少なかったように思います。
というより、「予定、スケジュール」というものを理解するのが遅めだったのかもしれません。
「予定通りに動く」ということを覚えたのは、3歳で療育園に通いはじめた頃です。
そこでは、1日のスケジュールを目に見える形で提示してもらっていました。
「今何をしていて、次に何をするのか」が分かるように工夫されていたそうです。
「予定通りに動く」ということをはじめから丁寧に理解できる環境だったことは、うおたにとって安心材料になっていたのかもしれません。
見通しが立つことで、変化そのものよりも、「分からないこと」への不安が減っていたように感じます。
ただし、発達障害のひとにとって、予定を立てる、視覚化されることは必ずしもいいことばかりではないそうです。
自閉症であり作家の東田直樹さんは、著書『自閉症のぼくが飛び跳ねる理由』の中で、次のように語っていました。
スケジュール自体を絵などで表示しないで下さい、ということなのです。
なぜかというと、やる内容と時間が記憶に強く残りすぎて、今やっていることが、スケジュールの時間通りに行なわれているのかどうかが、ずっと気になるからです。僕も気になって時間を確認しすぎたり、やっていることが楽しめなかったりします。
周囲の大人が良かれと思って環境を整えたこと。
子どもがその思惑通りに動いたとしても、実は内面では抵抗感がある場合があるのかもしれません。
5歳になった今、「急な予定変更」は苦ではない
結局、うおたは予定変更にも柔軟に対応できるようになりました。
休日のおでかけの時も、あえて事前に予定を立てる必要はありません。
急にぼくが仕事に呼び出されて予定を変更するときには怒ることもあります。
でもそれは、混乱やパニックというより、「いなくなるのが寂しい」という素直な感情のようです。
丁寧に説明すれば、イヤイヤながら落ち着いてくれるようにもなりました。
特性として「予定変更に強いか弱いか」ということではなく、状況を理解できているかどうかが大きいのだと思います。
