最近、長男(うおた)が嫌なことがあると、舌打ちをするようになりました。
最初に聞いたときは、正直かなり驚きました。
「え、今の舌打ち?」
「どこで覚えてきたんだろう」
「誰かの真似をしているのかな」
そんなことが頭に浮かびました。
舌打ちが出るのは、主に注意されたときです。
「早く歯磨きしなさい」
「早く着替えなさい」
「それはやっちゃダメ」
そういう、日常の中でよくある声かけのタイミングで、うおたは小さく舌打ちをします。
もちろん、舌打ちは相手に不快感を与える行動です。
だから、やめてほしい。
でも最近は、その舌打ちの奥にある気持ちについても、少し考えるようになりました。
注意したときに返ってくる、小さな舌打ち
うおたの舌打ちが出るのは、注意されたとき。
自分がやりたいことを止められたとき。
やりたくないことをやらされるとき。
つまり、うおたにとっては、思い通りにならない気持ちが生まれた瞬間なのだと思います。
「今これをやりたかったのに」
「なんで今やめなきゃいけないの」
「それ、今やりたくない」
そういう気持ちが、まだ言葉になる前に、舌打ちとして出ているのかもしれません。
そう考えると、舌打ちは単なる悪い癖というより、うおたの中にある不満のサインにも見えてきます。
うおたが舌打ちをしたあと、こちらの反応をうかがっているように見えることがあります。
ニヤッとしているわけでも、ふざけている感じでもありません。
どちらかというと、表情は少しこわばっています。
やっちゃダメなことは、たぶんわかっている。
でも、嫌な気持ちをどう出したらいいのかわからなくて、試すように舌打ちが出ている。
そんな雰囲気があります。
最初のうちは、ぼくもその舌打ちにかなり反応していました。
「舌打ちはダメ」
「それはやめなさい」
そうやって、少し強めに注意していました。
驚きもあったし、イラッとする気持ちもありました。
親としては、やっぱり見過ごせない。
このまま癖になったら困る。
外でやったら相手を嫌な気持ちにさせる。
そう思うと、ついきつめに言ってしまっていた気がします。
ただ、何度か同じような場面を経験するうちに、ぼくの気持ちも少し落ち着いてきました。
最近は、以前ほどイラッとはしません。
「舌打ちはダメ。それはやめよう」と、できるだけ淡々と伝えるようにしています。
でも正直に言うと、うおたの反応が大きく変わったわけではありません。
親の対応を変えたからといって、すぐに子どもの行動が変わるわけではない。
子育ては、そんなにきれいな結果ばかりではないなと思います。
夜の支度は、親のペースに切り替わる時間
舌打ちが多いのは、家の中です。
特に、夜のルーティンを進めていくタイミングに多い気がします。
歯磨きをする。
お風呂に入る。
トイレに行く。
着替える。
大人からすると、毎日の流れです。
やることは決まっているし、できればスムーズに進めたい。
寝る時間もあるので、つい「早くして」と言ってしまいます。
でも、うおたからすると、その時間は「自分のペース」から「親のペース」に切り替えさせられる時間なのかもしれません。
特定の遊びを邪魔されたから嫌、というよりも、切り替えること自体が嫌。
今の流れを止められることが嫌。
自分で決めたわけではないことを、次々に言われるのが嫌。
そんな小さなストレスが、夜の支度の中に積み重なっているのかもしれません。
もちろん、だからといって舌打ちをしていいわけではありません。
でも、舌打ちが出る場面をよく見てみると、うおたなりの理由が少し見えてきます。
「言うことを聞かない子」
「態度が悪い子」
そう切り取ってしまうのは簡単です。
でも実際には、切り替えが苦手だったり、自分の気持ちをうまく出せなかったりするだけなのかもしれません。
「楽しい」は言える。でも「イヤ」はまだ難しい
うおたは、「楽しい」はよく言います。
楽しかったこと。
うれしかったこと。
面白かったこと。
そういうプラスの感情は、比較的言葉にできていると思います。
でも、マイナスの感情はあまり言葉にしません。
「イヤだった」
「悔しかった」
「まだ遊びたかった」
「急かされて嫌だった」
そういう言葉は、まだあまり出てこない気がします。
その代わりに、体で表現することがあります。
ふてくされて横になり、目を閉じてしまう。
妹と喧嘩したときには、地団駄を踏んで叫び、別の部屋に逃げる。
でも、しばらく放っておくと、自然に戻ってきます。
こちらも、そのときは何事もなかったかのように過ごすことが多いです。
その姿を見ると、うおたはうおたなりに、自分の気持ちを落ち着ける時間を必要としているのだと思います。
別の部屋に行くことも、目を閉じることも、彼なりのクールダウンなのかもしれません。
舌打ちも、その延長線上にあるのかもしれない。
まだ言葉にできない不満が、小さな音になって出ている。
そう考えると、少し受け止め方が変わってきました。
舌打ちはダメ。でも、嫌な気持ちはあっていい
最近、自分の中で少し反省していることがあります。
ぼくはこれまで、うおたが舌打ちをしたときに、端的に「舌打ちはダメ」「やめなさい」と伝えていました。
もちろん、それ自体は間違っていないと思います。
舌打ちは、相手に不快感を与える。
人との関係の中で、やらないほうがいい行動です。
そこはきちんと伝えたい。
でも、それだけでは足りなかったのかもしれません。
舌打ちの前に、うおたの中にはきっと嫌な気持ちがあります。
急かされて嫌だった。
注意されて悔しかった。
まだ自分のやりたいことを続けたかった。
その気持ちまで否定してしまうと、うおたはますます出し方がわからなくなるのかもしれません。
だからこれからは、まず一言、気持ちを言葉にしてあげてもいいのかなと思っています。
「嫌だったんだね」
「まだやりたかったんだね」
「急かされて嫌だったんだね」
そのうえで、
「でも、舌打ちは相手が嫌な気持ちになるからやめよう」
「嫌なときは、イヤだったって言ってみよう」
そう伝えられたらいいなと思います。
大事なのは、舌打ちを許すことではありません。
嫌な気持ちを持つこと自体は悪くない、と伝えること。
そして、その気持ちをどう表現するかを、一緒に練習していくことなのだと思います。
まとめ:うおたと一緒に、不機嫌の扱い方を覚えていく
うおたには、舌打ちが周りに不快感を与えることをわかってほしいと思っています。
それは、行儀の問題だけではありません。
人と一緒に生きていくうえで、自分の不機嫌をそのまま相手にぶつけると、相手も嫌な気持ちになる。
そのことを少しずつ知ってほしいのです。
そしてできれば、自分の気持ちを言葉で表現する術を覚えてほしい。
「イヤだった」
「まだやりたかった」
「急かされて嫌だった」
「悔しかった」
そんなふうに言えたら、うおた自身も少し楽になるのではないかと思います。
もっと大きくなったら、自分で自分の不機嫌を解消できるようになってほしい。
でも、それはまだ少し先の話なのかもしれません。
今はまだ、その練習の途中です。
うおたは、嫌な気持ちを言葉にする練習をしている。
ぼくもまた、舌打ちに反射的に怒るのではなく、その奥にある気持ちを見る練習をしている。
子育ては、子どもだけが成長する時間ではないのだと思います。
親のぼくも、少しずつ受け止め方を覚えている途中です。
舌打ちはダメ。
でも、嫌な気持ちはあっていい。
その両方を、うおたに伝えていけたらと思います。